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【前編】地球は確かにまるかった。犬吠埼で体感。
痛恨の向かい風ツーリング特集
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しおさい1号で銚子へ。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)

 2005年春、利根川河口に位置する銚子市・犬吠埼(いぬぼうさき)から利根川沿いに上流へと自転車を進め、霞ヶ浦畔の民宿しをみ食堂まで走りました。

特急しおさい1号に乗って銚子駅に来ました。クリックすると拡大します。

 天気には恵まれたものの、霞ヶ浦まで行く途中の利根川沿いで、激しい向かい風に見舞われて苦労しました。わたしとわたしに同行する専属カメラマンがそれぞれ1回ずつパンクしてしまい、民宿しをみ食堂まで到着できない可能性すらでてきました。今回は、完全に季節と走行コースを読み間違えました。

 民宿しをみ食堂は、以前にも泊まらせていただいたことのある民宿で、レストランと民宿の両方を経営していらっしゃいます。民宿の宿泊料金の範囲内で豪華夕食を振る舞ってくれるわたしの大好きな民宿のひとつです。ボリュームたっぷりのチキンカツやワカサギフライ、酢豚は特にお勧めで、一度いただいたら忘れられない、とびっきりのおいしさです。

 朝7時すぎ、わたしは東京駅から特急しおさい1号に乗って銚子へ向かいました。これまで利根川沿いのサイクリンクロードは何度か走ったことがあるのですが、太平洋に注ぐ最河口まで行ったことはありませんでした。今回は、利根川河口に位置する銚子市、さらにその先の犬吠埼付近まで電車で行き、そこから利根川を遡って、霞ヶ浦畔にある民宿しをみ食堂まで走る計画を立てました。この区間で約60キロメートルあります。

 特急しおさい号の東京駅から銚子駅までの営業キロ数は約120キロメートル。電車はたっぷり2時間かけて走ります。東京駅の地下ホームを出発した特急しおさい号は、しばらく地下を走りますが、錦糸町駅の手前あたりで地上に出ます。車内が明るくなったので、わたしは、東京駅で購入した暖かいお弁当「オーベントー」をいただきました。

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今回の活動地域を地図で示しました。クリックすると拡大します。
今回の2日間のツーリングのなかで、電車に乗って移動したルートを青い線で示し、自転車で走ったルートを赤い線で示した地図です。クリックすると拡大します。
第1日目の走行ルートを示した図です。犬吠埼から霞ヶ浦畔の民宿しをみ食堂までの全長約60キロメートルを走りました。
東京駅で買った暖かいお弁当「オーベントー」を特急しおさい号の車内でいただきました。おいしかった。
地球のまるく見える丘。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
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特急しおさい号とわたし。終点の銚子駅にて。
特急しおさい号から降りたわたしは、同じホームで待っていた銚子電鉄に乗り換えました。特急しおさい号に比べると、銚子電鉄の車両は小振りでとてもかわいい印象を受けました。
銚子電鉄は20分ほどかけて銚子駅から犬吠埼近くの外川(とかわ)駅まで、各駅に停まりながらのんびり走ります。
朝10時ちょっと過ぎ、外川駅に到着しました。わたしは、さっそく自転車を組み立てました。

 銚子駅からは、銚子電気鉄道(銚子電鉄)に乗り換え、犬吠埼近くの終点・外川駅(とかわ)まで行きました。外川駅に着いたのは朝10時ちょっと過ぎ。わたしはさっそく自転車を組み立てて、まずは標高50メートルほどの小高い公園「地球のまるく見える丘」まで行きました。

銚子電鉄の車両は、ゆっくりゴトゴトと音を立てて進んでいきます。

 丘の上からは、晴れわたった空の下に広がる大きな太平洋が一望できました。利根川河口一帯が太平洋に突き出ている地形になっているため、まるで自分が太平洋の孤島に立っているような錯覚を覚えるほどです。あまりに視界が広く、遠くまで見えるために、水平線が緩やかな弧を描くように、丸みを帯びて見えたように思いました。

 太平洋に向かって右の方には、陸地が海の波や風雨によって浸食されて形成された断崖絶壁「屏風ヶ浦」(びょうぶがうら)がよく見えました。海面から数十メートルの切り立った崖が10キロメートルほど続いている壮大な眺めです。

 眺めを楽しんだあと、高台から自転車で一気に駆けおりて、犬吠埼にある「犬吠埼灯台」に行きました。灯台の高さは約31メートルあり、レンガ造りの建築物としては日本一高いそうです。今から130年あまり前の1874年、英国人技術者リチャード・ヘンリー・ブラントンさんが設計したもので、数百円の入場料を支払えば、灯台の敷地内や灯台内部に入れてもらえます。

 灯台は、船舶が航海する上で重要な信号設備であるため、通常は一般の人が立ち入ることはできません。犬吠埼灯台は、海上保安庁を退官された方々などが中心メンバーとなって運営する社団法人燈光会が管理することで、有料で一般に公開できる仕組みになっているそうです。

住むなら犬吠埼? (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)

 犬吠埼の周辺を自転車で散策しているとき、ふと地元の不動産広告が目に入りました。将来、定年退職したら郊外に引っ越すのが、わたしの夢だということもあり、美しい太平洋が見渡せる犬吠埼付近の不動産広告は、とても目を引きました。

銚子・犬吠埼付近の不動産広告を見つけました。けっこうお買い得?!

 詳しく見てみると、「海の見える景勝地・外川町で326平方メートル1188万円」、「銚子駅約1キロメートルの三崎町で214平方メートル848万円」などとあり、1平方メートルあたりの単価は4万円弱くらいでした。

 ちなみに国土交通省の地価公示によれば、わたしが自転車活動の拠点にしている東京都三鷹市・井の頭公園付近の土地価格の一例は183平方メートルで7503万円、1平方メートルあたりの単価は41万円と、犬吠埼付近の価格の実に10倍以上! 驚きました。

 たとえば、犬吠埼付近に100平方メートルの小さな土地があるとすれば、単純計算で400万円くらいで購入できる可能性があります。ここに床面積50平方メートルくらいの小さな平屋を500万円で建てたとすれば、総予算1000万円くらいで夢のマイホームを実現できるかも知れません。

 そんなことを考えながら銚子駅方面に自転車を進め、利根川河口の銚子港までやってきました。銚子港は、わたしの想像していた以上に大きな港で、サンマやイワシなどに加えて、マグロやヒラメなどの高級魚も多く水揚げされているそうです。

 港付近には鮮魚を運んだり、魚肉加工食品に出入りする大型トラックがたくさん走っていました。うっかりすると道幅いっぱいに走るトラックの車輪に巻き込まれそうになるほどで、自転車の走行には十分注意しなければなりません。市内中心部には新鮮な魚を直売する商店や、高級魚を調理するレストランなども軒を連ねており、こうしたお店を見当てにやってくる首都圏ナンバーのクルマも多く見られました。

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銚子電鉄の外川駅前にて。ふつうの民家のような木造の駅舎でした。
わたしの自転車「石橋号」と銚子電鉄のかわいい赤い車両とのツーショットです。
地球のまるく見える丘にて。
丘の上から眺める太平洋。
水平線や陸地が緩やかな弧を描くように丸みを帯びて見えた。
利根川沿いを走る。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
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犬吠埼にある美しい白い灯台。今から130年あまり前の1874年に建てられたとは思えないほど、白く輝いていました。海上保安庁など関係者の方々が大切に管理している様子がうかがい知れます。
犬吠埼灯台は有料で内部を見学できます。同じ敷地内に資料館も併設されています。
灯台の高さは約31メートルで、英国の技術者リチャード・ヘンリー・ブラントンさんが設計。レンガ造りの建築物としては日本一高いそうです。
灯台に入って螺旋(らせん)階段を登ると見晴台があります。
灯台の入場券。犬吠埼灯台は海上保安庁を退官された方々などで構成する社団法人燈光会が管理しているそうです。

 利根川河口から利根川沿いを走り始めたのは正午頃。ここから霞ヶ浦畔の民宿しをみ食堂までは約50キロメートルほどあります。わたしの走行計画の不備で、ここからの走行は苦難の連続でした。

遠くに見える断崖絶壁の「屏風ヶ浦」(びょうぶがうら)。

 その第1の難関は、利根川を北側(茨城県側)へ横断するための銚子大橋でした。利根川の南側(千葉県側)は、交通量の多い国道356号線が川のすぐ近くを走っていることから、自転車での走行は難しいと考え、銚子大橋を渡って、利根川の反対側を走ることにしました。ところが、この銚子大橋、交通量が非常に多いにもかかわらず、歩道がまったくありません。

 利根川は、橋と橋の間隔がとても大きく、銚子大橋から最も近い橋で約7キロメートルも離れています。地元の歩行者や自転車の方々は、いったいどうしているんだろうと不思議に思い、銚子大橋のたもとで様子を観察することにしました。すると、強風と車両の通行で揺れる橋をフラフラしながら自転車が何台か走ってきました。やはり狭くて危険な橋を通るしかないようです。

 橋の道幅がとても狭い上に、クルマの交通量が多く、風も強い、まさに自転車や歩行者にとって最悪の橋でした。橋は国道と直結しており、大型車の通行が多いため、路面はとても荒れています。橋と橋のつなぎ目には、大きな隙間が何か所かあり、タイヤの細いロードバイクだったら、パンクしてしまいそうです。

 利根川河口の向こう側とこちら側では、徒歩や自転車による往来は事実上困難だと思いました。もし、クルマを持っていない人が往来しなくても「とくに困らない」ということであれば、人的交流に対する需要が低いのではないかと疑問に思ってしまうほどです。

 利根川には、部分的にサイクリングロードがあるのですが、河口付近にはありません。サイクリングロードが始まるのは、河口から約17キロ上流にある利根川河口堰(利根川大橋)からです。それまでは、利根川沿いに続く農道のような道を走りました。道の大部分は未舗装で、歩いている人の姿は、ほとんど見かけませんでした。

痛恨のパンク。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)

 第2の難関はパンクでした。茨城県側を1キロメートルも進まないうちに、後輪がパンクしているのに気づきました。タイヤには直径数ミリの金属片が刺さっていました。未舗装の農道で金属片を拾ったのか、大型トラックが踏み荒らした銚子大橋や銚子市内の悪路で拾ったのかは分かりません。

急いでパンクを直しました。穴の空いたチューブを、予備で持ってきた新品のチューブに交換しました。

 急いでパンクを直し、走り始めようとしたとき、今度は同行している専属カメラマン(専カメ)の自転車の前輪がパンクしているのを見つけました。専カメのタイヤにもわたしと同様、数ミリの金属片が刺さっていていました。2台の自転車が拾った金属片は、いずれも大きなものではなく、非常にゆっくりとした速度で空気が抜けている点が共通していました。

 わたしかパンク修理をしていた時間は約30分。専カメの自転車は、わたしがパンク修理を始めたときには、まだ空気が抜けていなかったことを考えれば、少なくとも30分の時間をかけて、ゆっくりと空気が抜けていったことになります。

 恐らく、金属片が大量に落ちているところを、2台の自転車が通過し、わたしの後輪と、専カメの前輪がそれぞれパンクしたのだと思います。チューブの予備は4本持っていたので、2本ほぼ同時にパンクしてもまったく問題はありませんでしたが、もし、2台の自転車の4本のタイヤが同時にパンクしていたら、予備チューブを一気に消費してしまうところでした。

パンクの原因となった小さな金属片。あまりに小さいため、注意しないと見落としてしまいそうです。

 今回のケースは、希なことだと思いますが、もし、金属の切りくずなど鋭い金属片が大量に落ちている道路を走ってしまった場合、最悪、前後のタイヤが同時にパンクする可能性があることを想定しておく必要がありそうです。

 2台の自転車のパンクを修理しているうちに、お腹が減ってきたため、ついでにお昼休みにすることにしました。持参してきたコンビニのおにぎりをいただくなどしていると、あっと言う間に1時間あまりが過ぎてしまいました。霞ヶ浦までは、まだ先が長いため、わたしは少し急ぐことにしました。

 ◆レポート後編の「第3、第4の難関が向かい風と共に襲来」へと続きます。この段落をクリックすると後編へリンクします。

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犬吠埼灯台からの眺望。
灯台は犬吠埼の崖の上につくられています。
灯台が見える砂浜にて。
この日の太平洋はとても穏やかでした。風もほとんどありません。このあと利根川で強い向かい風に襲われるとは夢にも思いませんでした。
わたしの自転車のパンクを直した直後、今度は同行している専属カメラマンの自転車がパンクしているのを見つけました。
利根川の河口にて。この付近は、すぐ目の前の太平洋の海水と利根川の淡水が混じり合っています。


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