| 総延長50キロのCR。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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2006年夏休み特集の番外編では甲府盆地を縦横に走る大規模サイクリングロード(CR)を中心に紹介します。盆地内の主なCRの総延長は50キロメートルにも達し、これを活用すれば四方の山々へのアクセスがより安全で、容易になります。山梨県にこれほど便利なCRがあるなんて今回初めて知りました。
CRは3本の異なる川沿いにつくられた道が結合した体系になっています。 盆地を東西に横切る笛吹川(ふえふきがわ)、北から南へ流れる荒川(あらかわ)、釜無川(かまなしがわ)の計3本の河川にCRが敷設してあります。荒川は笛吹川へ合流し、笛吹川はさらに川下で釜無川と合流して富士川へと名前を変えます。 甲府盆地を走るCRのうち笛吹川CRは最も長い約28キロメートルの距離を誇ります。盆地北東部のJR中央線・山梨駅近くにある万力公園(まんりきこうえん)から始まり、川下の釜無川との合流地点まで続きます。 一方、荒川CRは盆地北部中央の甲府市街地付近から笛吹川CRの中ほどに接続します。長さは約10キロメートルです。上流側はさらに数キロメートルほど先まで伸びているという話も聞きましたが、今回は確認できませんでした。 釜無川CRは盆地北西部に始まり、笛吹川CRと合流する三郡橋(さんぐんはし)までの約11キロメートルの道のりです。 | クリックすると拡大します。 |
| 盆地の気候。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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わたしは大気の状態が不安定で山間部でのツーリングができない日に平野部のCRを走りました。四方を山に囲まれているためか盆地内は不思議と雨が降りにくい傾向にあるからです。山間部が激しい雷雨に見舞われているときでも、盆地は意外に小雨程度でおさまることもあります。
逆に夏のよく晴れた日にCRを走ると焼けるほど暑くて耐えられません。盆地はただでさえ気温が高めなので、これに直射日光が照りつけると厳しいものがあります。夏はどんより曇った日に走るくらいがちょうどよいのかも知れません。 |
| CR活用術。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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CRはほぼ全線にわたって舗装されており路面の状態はまずまずです。夏場は両側に草が茂るなどして少し道幅が狭いように感じましたが、歩行者や自転車の通行量が少ないので快適に走れます。
また、CRを活用すれば山間部へのアクセスが格段によくなります。盆地西部は南アルプス、北部は八ヶ岳連峰、東部は大菩薩峠、南部は富士五湖方面へのアプローチが可能です。 今回の山梨特集で紹介しました盆地北部の「太良峠」や南部の「鳥坂峠」方面へ向かうアクセス経路として実際にCRを活用しました。平野部はクルマの交通量がどうしても多いためCRの存在はとても助かりました。信号や交差点がほとんどないため時間の節約にもなります。 CR沿いには都内では見られない大規模な果樹園が多くあり、夏場はたわわに実ったブドウやモモの甘い香りが楽しめます。ブドウ酒の生産も盛んで、あちこちにワイナリー(ブドウ酒醸造所)が見られました。 |
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| 武田信玄と聖牛。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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甲府盆地には戦国武将として名高い武田信玄の遺跡も数多く残っています。
たとえば釜無川CR上流部には「信玄堤」(しんげんつつみ)と呼ばれる堤防があります。急流で知られる御勅使川(みだいがわ)が流れ込むところにつくられおり、釜無川の勢いと合わさって洪水を引き起こすのを防いでいます。 武田信玄は武将として戦争に強かっただけでなく、治水を初めとする都市インフラの整備にも功績を残したとされます。信玄堤はその遺産のひとつだそうです。 信玄堤の近くの河川敷には戦国時代に考案された「聖牛」(せいぎゅう)が復元展示されていました。洪水のとき水の流れを弱めるための櫓(やぐら)のような構造物で、上の部分が牛の“角”ような形をしていることから聖牛の名前がついたそうです。
「聖」は現代風に言えば「スーパー」や「ウルトラ」という意味ではないかと付近にあった案内板に記されていました。 武田信玄が活躍していた時代は大型の建設機械やコンクリートなどありませんでしたので、大小さまざまな聖牛を並べて河川の氾濫とたたかっていたようです。 |
| 武田神社と甲府城。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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甲府市街地北側の山手にある武田信玄の住まい跡は「武田神社」として大切に保存されています。武田氏一族の館跡は一辺が約200メートルの正方形の区画(郭=くるわ)を中心にして、その周囲にあるいくつかの郭と城下町とで構成されていたそうです。今では中心となる武田氏館跡の郭に武田神社がつくられていて地元の方々の厚い信仰を集めています。 ところで市街地中心部には江戸時代に栄えた甲府城の遺跡があります。武田神社が山手の小規模な山城風の館なのに対して、甲府城は平野部につくられた本格的な城です。江戸城のような大きな石垣が残っています。規模から見れば明らかに甲府城の方が大きいのですが、わたしにはいまいち影が薄いように感じられました。 甲府城は明治時代になって廃城となり、建築物も徐々に失われていったそうです。城内にはブドウ酒の醸造所がつくられるなどして活用されていましたが1904年に舞鶴公園として一般に開放されました。
武田氏館跡は規模こそ小さいながらも人々の関心が今なお高く、武田神社として厳かに祭られています。早々に公園になった甲府城との違いは大きい印象を受けました。 |
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| 甲府駅。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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最終日、天気に恵まれたわたしは甲府駅から特急「あずさ号」に乗って帰宅しました。駅前には武田信玄の立派な銅像が睨みをきかせていました。最前線の陣地で戦の指揮を執るようないでたちです。向かうところ敵なしで勇ましいです。 銅像の横に小さな広場があり、わたしはそこで自転車を分解して袋に入れました。あずさ号に乗ってしまえば2時間弱で東京に着きます。
晴れた日に甲府盆地のCRを走ると、西側に南アルプスの壮大な山脈、北側には武田神社のある八ヶ岳の裾野がよく見えます。平野部のCRと山間部の林道などをうまく組み合わせればメリハリに富んだツーリングが存分に楽しめそうです。(おわり) |