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和田堀給水所、年に一度の一般開放。
2005年春の思い出特集−第2弾−
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春の和田堀給水所。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)

 この春、和田堀(わだぼり)給水所の年に一度の一般開放に行ってきました。和田堀給水所は、わたしの活動拠点にしている井の頭公園(三鷹市)から10キロメートルほど走ったところにあります。今年の一般開放は3月26日−5月5日までで、わたしの行ったときは桜の花がきれいに咲いていました。

洋式の建築方式を採り入れた和田堀給水所の配水池。

 和田堀給水所は、世田谷区の北部に位置し、京王線代田橋駅から歩いて数分のところにあります。多摩川の上流などから引いてきた水を、和田堀給水所にあるポンプで世田谷区や渋谷区など近隣自治体の家庭や事業所などに配水しています。普段は、安全対策上、門が厳重に閉ざされていて、関係者以外の立ち入りはできませんが、年に1回だけ、桜やツツジの季節に一般開放をします。

 井の頭公園から和田堀給水所までは、神田川サイクリングロードを使って、安全に行くことができます。神田川サイクリングロードは、郊外の井の頭公園から都心近くの環状七号線まで続く、約10キロメートルの河川沿いのサイクリングロードです。和田堀給水所は神田川サイクリングロードの環状七号線側の終点近くにあるため、今回はサイクリングロードのほぼ全線を走って給水所まで行きました。

 給水所には大きな水槽が2つありました。この水槽は「配水池」(はいすいち)と呼ばれており、ひとつは今から80年あまり前の1924年に完成し、もうひとつは1934年に完成したそうです。この配水池には、地震や事故などで断水したとしても、最低でも12時間は周囲の人々の飲用水を供給できるように、常時、水が貯められているそうです。

 1924年に完成した配水池は、上から見ると四角い形をしていて、1934年に完成した配水池は、丸い形をしています。いずれも洋式建築の雰囲気が多く残っていて、一部はギリシア神殿のようにも見えます。戦前に造られた古い水道施設は、明治政府が欧州から技術者を招いて建築した流れを汲んでいることが多く、このため洋式建築の面影が残っていることがあるそうです。和田堀給水所の洋式の建築物も、きっと、はるばる欧州から来ていただいた技術者の方の思想が反映されているのだと思います。

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今回の活動地域を示した図です。クリックすると拡大します。
井の頭公園から和田堀給水所までの走行ルートを示した図です。全行程で25キロメートルほどです。
神田川および善福寺川のサイクリングロード区間の詳細図です。
神田川沿いには数多くの桜並木があり、満開の花をつけた枝が川の方へ垂れ下がっています。
和田堀給水所のすぐ近くには玉川上水が流れています。上水沿いにも、さくたんの桜が咲いていました。玉川上水は、旧淀橋浄水場(現新宿副都心)へと続いています。
水はどこから来るの? (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
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和田堀給水所近くを流れる玉川上水。京王線代田橋駅が玉川上水と交差しています。
和田堀給水所の洋風の配水池にて。1934年に造られました。頑丈そうなコンクリートで固めてあります。
この配水池は上から見ると丸い形をしています。池の深さは7メートル27センチあるそうです。
この壁の内側には3万立方メートルもの水が貯えられています。地震などの災害で断水したときは、ここに貯えてある水で、周囲の人々の飲用水をまかないます。

 和田堀給水所の2つの配水池の容量を合わせると6万立方メートルにもなり、年間約7000万トンの水を配水しているそうです。ちょっと想像できない量ですが、これら大量の水は多摩川や利根川、荒川から引いています。

 和田堀給水所は、直接的には多摩川上流にある小作取水堰(おざくしゅすいぜき)と羽村取水堰(はむらしゅすいぜき)から取った水を配水しています。取水堰から給水所までには、貯水施設の多摩湖(村山貯水池)や狭山湖(山口貯水池)、武蔵野市にある境浄水場などがあり、和田堀給水所はこれら一連の施設と連動して機能しています。

 境浄水場は多摩湖サイクリングロードの入口に位置しており、多摩湖や狭山湖の周囲にもサイクリングロードが整備されていることから、自転車ライダーにとって馴染みの深い水道施設だと言えます。境浄水場から多摩湖を一周して戻ってくると約30キロメートルの走行距離となり、都内では大規模なサイクリングロードのひとつです。

 渇水時など、多摩川の水だけで足りないときは、利根川や荒川の水を引っ張ってくることもできるそうです。利根川や荒川の水は、地下に埋設した水道管を使って、多摩湖の近くにある東村山浄水場に送り、そこから都内各地の給水所に送水しています。多摩川の水への依存度は意外に少なくて、東京都内で使う水のうち約8割を利根川に依存しているそうです。利根川は埼玉県など他県を流れる川ですが、その水の多くは都民の生活に利用されているということですね。

 ちなみに、東京都水道局が運営する浄水場のなかで最大規模を誇る朝霞浄水場(あさかじょうすいじょう)は、埼玉県朝霞市にあり、狭山湖も埼玉県につくられています。これらの施設は、埼玉県に開設した東京都の事業所のひとつとして運営されていて、東京都の水道が、いかに埼玉県に依存しているのかが、よく分かります。

カラス1万羽を焼却。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)

 和田堀給水所の中には、カラスを駆除するための罠(わな)「カラス捕獲トラップ」が仕掛けてありました。東京都環境局などが中心となって仕掛けたもので、捕獲したカラスは炭酸ガスで窒息死させたのち焼却処分しているそうです。東京都では、2002年頃からカラスの捕獲を始めており、これまで累計で5万1000羽あまりを捕獲して処分してきたそうです。

和田堀給水所の敷地内には、桜やツバキの木が数多く植えられています。この日は桜が満開でした。

 わたしが見た罠には、東京都の「鳥獣の捕獲等又は鳥類の卵の採取等」に関する許可証が掲示してあり、期間は2004年7月7日−2005年3月31日までで、カラス1万羽を処分する趣旨が書かれていました。カラス捕獲トラップの中や周囲は、カラスの糞で汚れていて、たくさんのカラスがこの罠で捕まり、窒息死させられたことを物語っていました。

 東京都では、成鳥の捕獲だけでなく、カラスの巣の中にいる雛や卵の処分にも積極的に取り組み、2003年度は4100羽・個あまり、2004年度は4900羽・個あまりを処分したそうです。こうした取り組みによって、都市部のカラスの生息数は2001年度末のピーク時の約3万6000羽から半減し、2004年度末までに約1万9000羽に減ったそうです。2005年度は、カラスのねぐらを中心に効果的な捕獲を続け、さらに生息数を減らしていくそうです。

 今回の見学では、給水所がカラスの生息数の半減にも役立っていたことが分かりました。ここなら、普段は一般開放されていないため、たとえ、捕まったカラスが暴れて傷だらけになったとしても、ひと目に触れることなく処分できます。

 帰りは、神田川サイクリングロードと平行に走る善福寺川沿いのサイクリングロードを走りました。善福寺川サイクリングロードは全長約5キロメートルと短いため、途中で再び神田川サイクリングロードに戻り、井の頭公園へと向かいました。来年もまた、桜の季節になったら、和田堀給水所までのサイクリングを楽しもうと思っています。

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カラスを捕獲するための罠(わな)「カラス捕獲トラップ」が給水所内に設置してありました。
東京都が発行した「鳥獣の捕獲又は鳥類の卵の採取等」に関する許可証が掲示されていました。
罠のなかには、カラスの糞と思われる汚れが無数にありました。たくさんのカラスを捕獲した形跡なのかも知れません。
帰りは善福寺川沿いのサイクリングロードを経由しました。
善福寺川沿いの桜並木。


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