| 東海汽船で、いざ大島へ!。(◆の段落をクリックすると写真が見られます) |
◆竹芝桟橋を出航するときの写真です。かめりあ丸の最後尾にて。うしろにぼんやり見える船は、同じ東海汽船の「さるびあ丸」(5000トン)です。東海汽船は、5000トンの大型客船を計2隻もっているようです。
◆こんどは、竹橋桟橋を背景に撮った写真です。夜10時だというのに、桟橋から手を振る人がたんさんいました。島に帰る人を見送っているのか、島へ単身赴任する人を見送っているのか(?)は、分かりませんでした。
| かめりあ丸、大島寄港。(◆の段落をクリックすると写真が見られます) |
◆翌朝6時に大島岡田港に着きました。気温約10度で、とても寒かった。港の施設は、極めて簡素なものでした。とりあえず雨風しのげる待合所で、温かい缶入り紅茶を飲み、身体を暖めました。
ただし、伊豆七島は、入江(湾)になっていない港が大半で、波が高くなると寄港できなくなります。このため、たとえば、新島あたりに行くのはいいですが、一度、波がたかくなると、波がなくなるまで何日でも閉じこめられることも、しばしばあるので、気を付けなければなりません。
◆大島は、伊豆半島に近く、熱海の町並みや富士山がよく見えました。写真は、大島から望む富士山です。低く立ちこめる雲の向こうに、小さく富士山が見えます。
◆朝9時を過ぎると、雲が晴れて、天気がよくなりました。溶岩が固まった大きな岩が、島のいたるところにたくさんあります。写真は、溶岩石の上で撮りました。
| 火山島の大島。(◆の段落をクリックすると写真が見られます) |
大島は、周囲50キロの小さな島です。島の真ん中は80年代に噴火したことで有名な三原山です。当時は、今の三宅島のように全島避難の命令が出て、約1か月のあいだ、全島民が東京都や静岡県などに避難しました。
◆島には島を一周する環状道路があり、この道路を走っているかぎり、いつでも海が見えます。写真は環状道路から撮った海の写真です。秋から半年間吹き始める強風に煽られ、海が荒れています。
◆海の向こうには、やはり富士山が見えます。指を指しているところが富士山です。
| 大島の美しい日暮れ。(◆の段落をクリックすると写真が見られます) |
◆大島の航空写真です。真ん中の黒く焦げているところが三原山です。今でも噴火口からは、煙が出ています。大島2日目は、この黒く焦げた三原山に登りました。
◆翌日、三原山に登りました。この日は、素晴らしい、申し分ない快晴でした。相変わらず風は強いものの、太陽が出てくれたお陰で、それほど寒く感じませんでした。快晴の大島の高台から海を望んだ写真です。
◆三原山に登る途中の道です。当然ですが坂道が延々と続きます。
◆山を登っていると、視界が開け、遠くに三原山が見えてきました。
◆三原山の五合目(山の中腹)に到達しました。朝7時に麓の港町から自転車をこぎ始めて、午前11時すぎに到着しました。自転車で登れるのは、ここまでです。富士山を背景に記念写真を撮りました。
◆目前に見える三原山です。三原山の黒い縦縞(たてじま)は、噴火したときに溶岩が流れた痕跡です。何本も溶岩が流れたということです。
| 荒々しい三原山。(◆の段落をクリックすると写真が見られます) |
◆三原山の頂上付近まできたときの写真です。辺り一面溶岩だらけで、草木一本も生えない不毛の土地でした。遠くに富士山が見えます。
◆三原山の噴火口です。巨大な穴がぽっかりと空いていました。噴火口の下のほうからは、今も煙が出ていました。写真でも、左端のほうから煙が上っているのが分かります。
◆頂上で噴火口を背に休憩をとる。風が強く、まっすぐ立ってられません。座って写真をとるのが精一杯でした。
◆噴火口をあとにして、下山するときの写真です。暴風のためロープにしがみつきながら降りました。体重の軽い子供だったら、恐らく、吹き飛ばされていたのではないかと思うほどでした。
◆山を下りて、再び三原山を見上げたときの写真です。登ったときとは反対側に降りました。頂上付近の黒く焦げたところは見えませんが、手前の緑の山が見えます。当人は左端に小さく写っています。
| 情緒あふれる波浮港。(◆の段落をクリックすると写真が見られます) |
◆三原山を下りてから立ち寄った波浮港(はぶみなと)です。波浮港は都はるみさんの「あんこ椿は恋の花」の“御当地ソング”として、あまりにも有名な港です。
◆宿に帰ったあとの夕食です。1泊6000円と安いこともあってか、お世辞にも豪華な夕食とは言えませんでしたが、でも、おいしかったです。
◆大島3日目は、大島最大の観光地、「リス村」に行く計画を立てました。写真はリス村に続く道で撮りました。
| ウサギが芸をするリス村。(◆の段落をクリックすると写真が見られます) |
噴火で全島避難したときは、私設のリス村は存続の危機に直面したそうです。私設なので、政府や自治体からの支援は得られず、仕方がないのでリス村スタッフが、伊豆半島から漁船を仕立てて、リスの餌をやりにきたそうです。噴火の危険を顧みず、命がけでリス村を守ったとのことです。ちなみに大島動物園は、公営なので、政府・自治体などから全面的な支援を受けられたとのことです。
◆リス用に向日葵の種を100円で買うと、リス用の防護手袋も貸し出してくれます。写真は、向日葵の種をぜんぶ食べてしまったリスくんが、「もうないの〜?」と、顔を見上げているところです。
| 大島をあとにする汽船にて。(◆の段落をクリックすると写真が見られます) |
伊豆七島には、ジェットフォイルと呼ばれる、小型の高速ジェット船が走っているのですが、冬のあいだは波が高く、小型船では航海できなくなることが多々あります。伊豆七島の大風、波浪は、秋から冬にかけての“名物”になっているそうです。このため、ジェット船では帰ってこれなくなり、島に取り残された人々を、この中型船のはまゆう丸で回収しているところです。
たまたま、「かめりあ丸」と、同じ時刻に「はまゆう丸」も東京に向かうことになりました。東京まで、2隻で編隊(?)を組んで帰りました。
◆強い西風に煽られて、左舷に大きく傾く「はまゆう丸」。「かめりあ丸」よりひとまわり小さいので、暴風で沈没するかと思いました。この荒波のなか、小型のジェット船では、ちょっと難しい航海かも知れません。
ちなみに、定員100人の小型のジェット船で、東京から大島に行くと、わずか1時間45分で到着します。同じ航路を「かめりあ丸」で行くと、夜10時に出発して、翌朝6時まで約8時間かかります。ジェット船は速くていいのですが、太平洋の荒波に弱い欠点があります。
| 汽船のなかで。(◆の段落をクリックすると写真が見られます) |
◆帰りの船は、ちゃんと横になれる和室の乗船券を手に入れることができました。ごろんと横になれるので楽です。
つまり、彼らの大半は、もともとジェット船などの予約をしていたのですが、船が強風や高波で欠航になったため、やむを得ず、「かめりあ丸」に乗り込んできたものと思われます。
◆東京湾の入り口=浦賀水道から望む富士山です。浦賀水道に着いたときは、日が沈んでしまったあとでした。この後、2時間後くらいに竹芝桟橋に到着し、無事に帰宅することができました。