伊豆大島への自転車紀行
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東海汽船で、いざ大島へ!。(◆の段落をクリックすると写真が見られます)

◆02年10月末、秋の伊豆大島に行って来ました。東京・浜松町の竹芝桟橋から、東海汽船の「かめりあ丸」(5000トン)の夜行船の乗りました。ここをクリックすると、地図が現れます。地図に記した矢印沿いに、東京・竹芝桟橋を夜10時に竹橋桟橋を出航し、翌朝早朝6時に大島・岡田港に寄港しました。押すと写真が出ます。

◆竹芝桟橋を出航するときの写真です。かめりあ丸の最後尾にて。うしろにぼんやり見える船は、同じ東海汽船の「さるびあ丸」(5000トン)です。東海汽船は、5000トンの大型客船を計2隻もっているようです。押すと写真が出ます。

◆こんどは、竹橋桟橋を背景に撮った写真です。夜10時だというのに、桟橋から手を振る人がたんさんいました。島に帰る人を見送っているのか、島へ単身赴任する人を見送っているのか(?)は、分かりませんでした。押すと写真が出ます。

◆船室内での写真です。東海汽船は、いつも定員超過で運行している人気路線で、2か月前から予約しても、横になって寝られる乗船券が手に入りません。定員800人のところ、だいたい1000人くらい乗せているようです。今回も、大島行きの乗船券で、椅子席(横になって寝られない席)しか取れず、仕方なく、椅子で寝ました。押すと写真が出ます。


かめりあ丸、大島寄港。(◆の段落をクリックすると写真が見られます)

◆翌朝6時に大島岡田港に着きました。気温約10度で、とても寒かった。港の施設は、極めて簡素なものでした。とりあえず雨風しのげる待合所で、温かい缶入り紅茶を飲み、身体を暖めました。押すと写真が出ます。

◆乗ってきた「かめりあ丸」は、岡田港に15分ほど停泊すると、すぐに次の島に向けて出航しました。大島航路は、竹芝桟橋→大島→利島→新島→式根島→神津島と順番に寄港します。神津島まで行くと、今度は逆順に竹芝桟橋に向けて航海します。押すと写真が出ます。

ただし、伊豆七島は、入江(湾)になっていない港が大半で、波が高くなると寄港できなくなります。このため、たとえば、新島あたりに行くのはいいですが、一度、波がたかくなると、波がなくなるまで何日でも閉じこめられることも、しばしばあるので、気を付けなければなりません。

◆大島は、伊豆半島に近く、熱海の町並みや富士山がよく見えました。写真は、大島から望む富士山です。低く立ちこめる雲の向こうに、小さく富士山が見えます。押すと写真が出ます。

◆指で示している箇所が富士山です。押すと写真が出ます。

◆朝9時を過ぎると、雲が晴れて、天気がよくなりました。溶岩が固まった大きな岩が、島のいたるところにたくさんあります。写真は、溶岩石の上で撮りました。押すと写真が出ます。

◆島の中腹に断層面がありました。押すと写真が出ます。

◆断層面の前で記念撮影〜その1〜押すと写真が出ます。

◆断層面の前で記念撮影〜その2〜押すと写真が出ます。


火山島の大島。(◆の段落をクリックすると写真が見られます)

大島は、周囲50キロの小さな島です。島の真ん中は80年代に噴火したことで有名な三原山です。当時は、今の三宅島のように全島避難の命令が出て、約1か月のあいだ、全島民が東京都や静岡県などに避難しました。

◆島には島を一周する環状道路があり、この道路を走っているかぎり、いつでも海が見えます。写真は環状道路から撮った海の写真です。秋から半年間吹き始める強風に煽られ、海が荒れています。押すと写真が出ます。

◆海の向こうには、やはり富士山が見えます。指を指しているところが富士山です。押すと写真が出ます。

◆荒波を背景に記念撮影。押すと写真が出ます。

◆秋の荒波。遠くに見えるのは熱海あたりの本州です。02年夏に行った八丈島から眺める海は、ほんとうに海ばかりで、陸地がまったく見えなかったのに比べると、大島は、やはり本州に近いんだなぁ〜 と、つくづく感じます。押すと写真が出ます。

◆昼食は、海の見えるレストランで食べました。スパゲッティ定食800円でした。夏に行った八丈島のときもそうでしたが、伊豆七島で注意しなければならないのは、昼食を食べる場所がないことです。食堂やレストランは、島に数えるほどしかなく、昼食を食べる場所を見つけるのは、ほとんうに苦労します。やっとありつけたスパゲッティでした。押すと写真が出ます。

◆おいしいスパゲッティを食べる。押すと写真が出ます。


大島の美しい日暮れ。(◆の段落をクリックすると写真が見られます)

◆そうこうしているうちに、日が暮れてしまいました。押すと写真が出ます。

◆大島の美しい夕日です。押すと写真が出ます。

◆大島の航空写真です。真ん中の黒く焦げているところが三原山です。今でも噴火口からは、煙が出ています。大島2日目は、この黒く焦げた三原山に登りました。押すと写真が出ます。

◆翌日、三原山に登りました。この日は、素晴らしい、申し分ない快晴でした。相変わらず風は強いものの、太陽が出てくれたお陰で、それほど寒く感じませんでした。快晴の大島の高台から海を望んだ写真です。押すと写真が出ます。

◆三原山に登る途中の道です。当然ですが坂道が延々と続きます。押すと写真が出ます。

◆80年代、三原山が噴火したときは、溶岩で道が寸断されました。このため、今、三原山に通じる道の多くは、噴火後の復旧工事で、新しくつくったものです。この道も、噴火後に新しくつくった道で、とてもよく整備されていました。押すと写真が出ます。

◆山を登っていると、視界が開け、遠くに三原山が見えてきました。押すと写真が出ます。

◆三原山を背景に記念写真〜その1〜押すと写真が出ます。

◆三原山を背景に記念写真〜その2〜押すと写真が出ます。

◆三原山の五合目(山の中腹)に到達しました。朝7時に麓の港町から自転車をこぎ始めて、午前11時すぎに到着しました。自転車で登れるのは、ここまでです。富士山を背景に記念写真を撮りました。押すと写真が出ます。

◆目前に見える三原山です。三原山の黒い縦縞(たてじま)は、噴火したときに溶岩が流れた痕跡です。何本も溶岩が流れたということです。押すと写真が出ます。


荒々しい三原山。(◆の段落をクリックすると写真が見られます)

◆三原山の頂上付近まできたときの写真です。辺り一面溶岩だらけで、草木一本も生えない不毛の土地でした。遠くに富士山が見えます。押すと写真が出ます。

◆三原山の頂上まで登ったときの写真です。頂上付近は、ものすごい暴風で、立っているのがやっとです。海から吹く西風に体温を奪われて、とても寒く感じます。風を通さない服で前身を覆わないと、身体が冷えて動けなくなってしまうほどです。遠くに利島や新島など伊豆七島が見えます。写真ではよく見えませんが、この日は、肉眼で式根島や三宅島も見えました。押すと写真が出ます。

◆三原山の噴火口です。巨大な穴がぽっかりと空いていました。噴火口の下のほうからは、今も煙が出ていました。写真でも、左端のほうから煙が上っているのが分かります。押すと写真が出ます。

◆噴火口を背景に記念写真。富士山もよく見えます。押すと写真が出ます。

◆頂上で噴火口を背に休憩をとる。風が強く、まっすぐ立ってられません。座って写真をとるのが精一杯でした。押すと写真が出ます。

◆噴火口をあとにして、下山するときの写真です。暴風のためロープにしがみつきながら降りました。体重の軽い子供だったら、恐らく、吹き飛ばされていたのではないかと思うほどでした。押すと写真が出ます。

◆山を下りて、再び三原山を見上げたときの写真です。登ったときとは反対側に降りました。頂上付近の黒く焦げたところは見えませんが、手前の緑の山が見えます。当人は左端に小さく写っています。押すと写真が出ます。


情緒あふれる波浮港。(◆の段落をクリックすると写真が見られます)

◆三原山を下りてから立ち寄った波浮港(はぶみなと)です。波浮港は都はるみさんの「あんこ椿は恋の花」の“御当地ソング”として、あまりにも有名な港です。押すと写真が出ます。

◆美しい波浮港の全景です。最近、波浮港の沖合に自動車を積んだ貨物船が座礁したため、この波浮港にも、後片づけをする黄色い作業船が停泊していました。座礁船からは、今も油が漏れだしているとのことで、この波浮港にも、頻繁に油が漂着しているそうです。押すと写真が出ます。

◆ご当地ソング「あんこ椿は恋の花」の記念碑の前にて。押すと写真が出ます。

◆宿に帰ったあとの夕食です。1泊6000円と安いこともあってか、お世辞にも豪華な夕食とは言えませんでしたが、でも、おいしかったです。押すと写真が出ます。

◆大島3日目の海です。押すと写真が出ます。

◆大島3日目は、大島最大の観光地、「リス村」に行く計画を立てました。写真はリス村に続く道で撮りました。押すと写真が出ます。

◆リス村に続く道にて〜その2〜押すと写真が出ます。


ウサギが芸をするリス村。(◆の段落をクリックすると写真が見られます)

◆リス村に着きました。入園料は650円。リス饅頭やリス煎餅も売っています。もともとは饅頭屋さんで、あまった饅頭をリスに与えて餌付けしたとこから、このリス村が始まったそうです。正直言って、リス村は、大島の観光施設のなかで、もっともユニークで、充実していました。エンターテーメント性に富み、訪れる人々を、十分に楽しませてくれます。一見の価値あり!押すと写真が出ます。

噴火で全島避難したときは、私設のリス村は存続の危機に直面したそうです。私設なので、政府や自治体からの支援は得られず、仕方がないのでリス村スタッフが、伊豆半島から漁船を仕立てて、リスの餌をやりにきたそうです。噴火の危険を顧みず、命がけでリス村を守ったとのことです。ちなみに大島動物園は、公営なので、政府・自治体などから全面的な支援を受けられたとのことです。

◆リス村では、たくさんのリスと触れ合うことができました。押すと写真が出ます。

◆リスとの触れ合い〜その2〜押すと写真が出ます。

◆リス用に向日葵の種を100円で買うと、リス用の防護手袋も貸し出してくれます。写真は、向日葵の種をぜんぶ食べてしまったリスくんが、「もうないの〜?」と、顔を見上げているところです。押すと写真が出ます。

◆リスくんの写真。押すと写真が出ます。


大島をあとにする汽船にて。(◆の段落をクリックすると写真が見られます)

◆リス村と大島をあとにして、東京に向かう船の上です。手に持っているのは、大島特産の「大島バター」です。大島の牧場で取れた牛乳でつくった、濃厚で素朴な味のバターです。1個500円くらいと、少々値が張りますが、十分に納得できる味です。後ろにみえる船は、東海汽船の「はまゆう丸」です。押すと写真が出ます。

伊豆七島には、ジェットフォイルと呼ばれる、小型の高速ジェット船が走っているのですが、冬のあいだは波が高く、小型船では航海できなくなることが多々あります。伊豆七島の大風、波浪は、秋から冬にかけての“名物”になっているそうです。このため、ジェット船では帰ってこれなくなり、島に取り残された人々を、この中型船のはまゆう丸で回収しているところです。

たまたま、「かめりあ丸」と、同じ時刻に「はまゆう丸」も東京に向かうことになりました。東京まで、2隻で編隊(?)を組んで帰りました。

◆強い西風に煽られて、左舷に大きく傾く「はまゆう丸」。「かめりあ丸」よりひとまわり小さいので、暴風で沈没するかと思いました。この荒波のなか、小型のジェット船では、ちょっと難しい航海かも知れません。押すと写真が出ます。

ちなみに、定員100人の小型のジェット船で、東京から大島に行くと、わずか1時間45分で到着します。同じ航路を「かめりあ丸」で行くと、夜10時に出発して、翌朝6時まで約8時間かかります。ジェット船は速くていいのですが、太平洋の荒波に弱い欠点があります。

◆どんどん小さくなる大島。押すと写真が出ます。


汽船のなかで。(◆の段落をクリックすると写真が見られます)

◆帰りの船は、ちゃんと横になれる和室の乗船券を手に入れることができました。ごろんと横になれるので楽です。押すと写真が出ます。

◆和室船室の様子。押すと写真が出ます。

◆今回も定員オーバーの「かめりあ丸」では、席がない人たちが、船内のあちこちで宴会をして過ごしました。強風や荒波で船が1隻欠航になる毎に、島に取り残された渡航客の数が増え、結果的に、欠航になっていいない数少ない船に、渡航客が溢れることになります。押すと写真が出ます。

つまり、彼らの大半は、もともとジェット船などの予約をしていたのですが、船が強風や高波で欠航になったため、やむを得ず、「かめりあ丸」に乗り込んできたものと思われます。

◆東京湾の入り口=浦賀水道から望む富士山です。浦賀水道に着いたときは、日が沈んでしまったあとでした。この後、2時間後くらいに竹芝桟橋に到着し、無事に帰宅することができました。押すと写真が出ます。




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