戦車道の全線開通を祝して!
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町田駅を出発。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
戦車道から瀧山城跡までの走行ルートです。地図をクリックすると拡大します。

 04年4月、全線開通したばかりの戦車道(せんしゃみち)に行ってきました。戦車道とは、町田市と八王子市にまたがる全長約8キロメートルの尾根沿いの自転車道(兼歩道)です。

 もともとは、太平洋戦争末期に旧陸軍の「相模陸軍造兵廠」でつくられた戦車の走行試験用の道路としてつくられたそうです。これまで東側の一部だけが自転車道(兼歩道)として整備されていたのですが、04年4月に八王子市の国道16号線までの全線約8キロメートルすべての整備が完了しました。

 わたしは小田急線・町田駅まで輪行(自転車を袋に入れて電車などで運ぶこと)し、そこから、さっそく全線開通したばかりの戦車道を走ることにしました。ただ、戦車道だけでは走行距離が短いため、戦車道の八王子市側の終点から大栗川(おおくりかわ)自転車道に入り、多摩川自転車道まで抜けて、そこからさらに拝島橋近くの瀧山城跡を目指しました。

走行ルートの高低差を図表にしました。測地図形化ソフトのカシミール3Dで制作しました。クリックすると拡大します。

 町田駅のすぐ前には、有名な境川自転車道があります。境川自転車道とは町田市の桜美林大学付近から江ノ島までの全長約40キロメートルのとてもよく整備された自転車道です。今回は、町田駅から境川自転車道を桜美林大学方面に向かい、そこから戦車道に入ることにしました。

 ◆町田駅に着いて自転車を組み立てているときに録音しました。「いま、町田駅に着きました。開店前の小田急百貨店の前のちょっとしたスペースで自転車を組み立てています。これから境川沿いに戦車道へ向かいます。週末の朝早くだと言うのに人が意外に多い」という趣旨を話しています。ここをクリックすると再生します。(録音時間17秒、容量138KB、MP3形式)

クリックすると拡大します。
町田駅前にて。
いい天気です。
境川自転車道にて。
ポカポカと暖かい。

境川で白鳥(?)に会う。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
境川の川面に白鳥のような大きな鳥が泳いでいた。

 境川は快適な自転車道です。町田駅をあとにして、ぐんぐんと上流に向けて進みました。境川自転車道の起点近くにさしかかったときでした。境川の川面(かわも)に、大きな水鳥が3羽泳いでいました。

 3羽とも体の大きさが違い、柄も違いました。いちばん大きい鳥はクチバシがダイダイ色で、首が焦げ茶色なのに対し、2番目に大きい鳥は、クチバシが黒っぽい色で、首が白色でした。いちばん小さい鳥は、見るからに幼鳥っぽく、全体的にくすんだ薄茶色をしていました。

近づいて写真を撮りました。体の大きさの異なる3羽の水鳥が縦列しています。

 ◆そのときの感想を交えて録音しました。「境川で白鳥らしき鳥を3羽見つけました。でも、あれは、どうも白鳥ではないようです。なぜなら、白鳥にしても小さすぎるし、あと、羽(はね)の縞(しま)模様が多すぎるように思いました。3羽いっしょいたけれど、全員、大きさがバラバラ。と、いうことは、小さい1羽は子どもで、大きい2羽は親という関係ではないかと思いました。親があんな縞々だったら、やはり、その子どもも白鳥ではないのではないのだろうか?」という趣旨を話しています。ここをクリックすると再生します。(録音時間37秒、容量296KB、MP3形式)

けっこう大きくて立派な体格です。

 ◆3羽の水鳥に関して、わたしに随行していた専属カメラマンが、「仮に3羽が親子関係だとしたら、両親に当たる大きい鳥2羽のクチバシの色や、首の毛の色が異なることなどから推測して、子どもの鳥は継子(ままこ)ではないのか?」という疑問を呈してきたため、わたしは、「なに? その継子というのは? 鳥も種類が違うと交配できない。(このため、そもそも異なる種類の鳥が、ひとつの家族を構成することはあり得ないので、鳥の継子という概念も成り立たないのでは?)」という趣旨の返答をしました。ここをクリックすると再生します。(録音時間8秒、容量62KB、MP3形式)

白鳥と別れて、戦車道に向かうことにしました。

 ◆すると、専属カメラマンが「“縞々(しましま)白鳥”ではないのか?」と、あてずっぽうなことを言い出したので、わたしは「縞々白鳥って何ですか? そういうのが図鑑に載っているのかな? またいい加減なことを言って」という趣旨の返答をしました。ここをクリックすると再生します。(録音時間11秒、容量88KB、MP3形式)

 結局、水鳥らしいということ以外は、鳥の種類がまったく分からず、録音では、わたしも随行の専属カメラマンも、とんちんかんなことを言ってしまい恥ずかしい限りです。帰宅してからインターネットで調べてみたのですが、鴨(カモ)の仲間なのか、雁(ガン)の仲間なのか、けっきょく、よく分かりませんでした。


戦車道を走る。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
クリックすると拡大します。
戦車道の概略図です。クリックすると拡大します。
色の濃い桜もあった。
人通りの少ないところもある。
走りやすい戦車道。
戦車道、菜の花のもと、蜂(ハチ)笑う。

 境川をあとにして、いよいよ戦車道に向かいました。戦車道は、桜美林大学の北側の尾根の上にあります。尾根の上を通っていることから別名「尾根緑道」とも呼ばれています。地元の人は、旧陸軍の戦車の走行試験道路だったこともあり、戦車道と呼ぶことも多いそうです。

 今の戦車道は、大戦末期に戦車の走行試験道路だっとは思えないほど、よく整備されています。道沿いには、年間を通じて道ゆく人が楽しめるようにと、きれいな花を咲かせる草花や木々が植えられています。

 このあたりは、小山田団地をはじめとする住宅街が広がっています。ここからなら、ちょっとがんばれば、なんとか都心にも通える距離ですし、町田市や相模原にお勤めする人なら、クルマでの通勤にとても便利な位置にあります。わたしが行ったときも、多くの家族連れが戦車道の散歩を楽しんでいました。

戦車道の脇に植えられた菜の花がとてもきれいだった。

 ◆戦車道の様子を録音しました。「(戦車道に植えられている植物は)花の種類がたくさんあるため、それぞれの花の咲く時期が異なります。いつの時期に来ても、花を楽しめるように工夫されています。菜の花には、もう蜂(ハチ)が群がっていました」という趣旨を話しています。ここをクリックすると再生します。(録音時間20秒、容量158KB、MP3形式)

 ◆戦車道を題材にして語呂合わせをしてみました。「戦車道、菜の花のもと、蜂(ハチ)笑う」。ここをクリックすると再生します。(録音時間7秒、容量60KB、MP3形式)


開通したばかりの戦車道。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)

 戦車道の全長約8キロメートルのうち東側からおよそ半分の整備・開通は、おそらく何年も前のことだと思います。しかし、八王子市の国道16号線までの残り半分は、04年4月までに整備されたものです。これまでは、宅地造成などと一体となった工事のため、通行止めになっていました。

 ◆新しく整備された戦車道の脇に、町田市による以下の説明がありました。

 この「尾根緑道」は、以前「戦車道路」と呼ばれていました。
 それは、この道が第二次世界大戦の末期、相模陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)で製造された戦車の走行テスト用(全長約8キロメートル)として造られたものだからです。
 戦後、しばらくの間、防衛庁が同様な目的でここを使用していました。
 その後、富士山や丹沢の山々を一望できる景観豊かなこの地に市民のみなさまが楽しむことができるような整備を進めてきました。今では春は桜、秋には紅葉と四季折々に散策やハイキングなどに大いに利用されています。
 このように、この地はかつて「戦車道路」という「戦争の遺産」から現在は「市民の憩いの場」へと大きく生まれ変わりました。
 平成16年(2004年)4月
 町田市


案内板も充実している。

 戦車道の終点には、多摩美術大学があります。この4月に開通した部分も合わせると、ちょうど桜美林大学から多摩美術大学までのあいだが、戦車道で結ばれるということになります。両校のあいだに、なんらかの交流があるのかどうかは知りませんが、もしあったとすれば、学生たちは自転車で安全に往き来、交流できるようになり、便利(?)になったのではないでしょうか。

 新しく開通した多摩美術大学までの道は、まだ造成したばかりということもあり、植えられたばかりの細い木々や、まだ背の低い草花が大半を占めていました。道の周囲も、造成したばかりの、まっさらな土地が広がっていました。おそらく宅地かなにかに使う土地だと思われます。戦車道という公園が整備され、ここに移り住んでくる人々は、きっと快適に暮らせることだろうと思います。

クリックすると拡大します。
元気いっぱい。
宅地造成が進む。
立派な戦車道。
多少の起伏もある。
坂を下る。

大栗川自転車道。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
大栗川の自転車道にて。

 多摩美術大学の付近に、大栗川(おおくりかわ)の源流があります。大栗川は乞田川(こったかわ)と合流して多摩川に流れ込む川です。大栗川は乞田川との合流部分も含めて、源流から多摩川までの距離は約12キロメートルあります。

 源流から約5キロメートルほどの大栗川には、自転車道はまだ整備されていません。平行して走る県道20号線(野猿街道=やえんかいどう)に、かろうじて自転車が走れるほどの細い歩道がありますので、その歩道を走りました。

大栗川自転車道の全景。

 歩道を走っていると、ちょうど京王線の堀之内駅付近から大栗川沿いに自転車道が現れました。堀之内駅付近から多摩川の合流までの約6〜7キロメートルに自転車道が整備されています。多摩川との合流地点は、ごちゃごちゃとしていますが、その部分以外は、大栗川の両側に、公園風の美しい自転車道が続いています。

 大栗川沿いを走るのは今回が初めてで、自転車道が整備されているという情報は、お友だちから聞いただけでした。源流から、何キロメートルも走っても、いっこうに自転車道が現れないので、ひょっとしたら、舗装された自転車道は、このまま見つからないんじゃないかと不安を感じていました。そのようなときに、すばらしい自転車道が目の前に現れたので、ホッとしました。

白い花が咲いていた。

 安心したら、急にお腹が減ってきたので、お昼ごはんをいただくことにしました。大栗川自転車道のすぐ近くにあった独立系牛丼チェーン店「すき家」(株式会社ゼンショーが運営)に入りました。メニューを見て、「豚丼サラダとん汁セット」がおいしそうだったので、思い切って大盛り530円を注文しました。

 ◆すき家の「豚丼サラダとん汁セット」大盛りをいただいているときの録音です。「このお店の豚丼(ぶたどん)は、あっさりしていておいしい。それに安い。豚汁(とんじる)もおいしい。サラダの野菜も新鮮でパリパリと歯ごたえがある。普通のお茶ではなくて、麦茶をだしてくれるところもうれしい」という趣旨を話しています。ここをクリックすると再生します。(録音時間32秒、容量252KB、MP3形式)


瀧山城(滝山城)跡に向かう。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
瀧山城跡周辺の地図です。クリックすると拡大します。

 大栗川から多摩川自転車道に出たわたしは、多摩川の上流にある瀧山城跡を目指しました。わたしの職場の人が八王子市内に住んでいて、「瀧山城跡は地元の人しか知らない公園で、とてもきれいだよ」と教えてくれたことから、今回、瀧山城跡に行ってみようと思い立ちました。瀧山城跡は、多摩川にかかる拝島橋を渡ってすぐのところにあります。

 瀧山城跡は、昭島市と八王子の境界付近の“崖”の上にあります。この崖は多摩川の南側に隣接していて、標高は約160メートルほどあります。この付近の多摩川の標高が約90メートルありますので、多摩川から見れば約70メートルの絶壁の上に城跡があります。

瀧山城の本丸のあった場所にて。

 瀧山城は、今から約500年近く前に建てられた城で、のちに城主となった北条氏照と、甲斐からきた武田信玄が、壮烈な戦いを繰り広げたことで有名だそうです。言い伝えによると、当時、屈強の軍団を率いてきた武田信玄ですら、瀧山城を落城させることはできなかったほど、守りに強い城だったそうです。

瀧山城跡の案内板。

 なるほど、瀧山城跡の周囲は、地形が複雑で、天然の要塞のようになっています。この周辺は国の史跡に指定され、都立瀧山自然公園にもなっていることもあり、雑木林が大切に保存されてあります。もともと複雑な地形をしているのに加え、雑木林が崖全体を覆っているため、どこが瀧山城跡の入り口なのか、分かりづらいところがあります。

 瀧山城跡への入り口は、何か所かあるそうですが、主なものは2つです。国道411号線(滝山街道)からの本丸に続く道と、多摩川から本丸に続く道です。国道411号から入る道は、クルマ1台通れる細い道があり、マイカーで乗り入れる人もいます。一方、多摩川から本丸に続く道は、崖を這(は)い上がるような道で、クルマは入れません。


瀧山城の窪地。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
瀧山城跡から見える多摩川と昭島市。

 わたしは、多摩川側から本丸を目指すことにしました。昭島市側から拝島橋を渡ってすぐを進行方向右手に曲がります。すると細い道路があり、この道をまっすぐ進むと瀧山城跡への入り口に着きます。

 この多摩川沿いの細い道が、意外に交通量が多く、とても怖い思いをしました。道は限りなく直線で、両側には不法投棄防止用の柵が、道を挟み込むように設けられています。このため、直線道路を勢いよくクルマが走ってきても、両側から迫っている柵のために、待避する空間がない状態が続いています。

本丸跡に続く橋を渡りました。この橋以外に本丸跡に通じる道はありませんでした。

 待避不能な細い直線道路を、クルマといっしょに走るのは、辛いことです。思い過ごしかも知れませんが、八王子・相模原あたりのクルマの運転は、都心に比べて平均速度が速いような気がします。今度行くときは、国道411号線の側から登ろうと思いました。

 ◆瀧山城跡には雑木林が茂っているため、見晴らしはあまりよくありませんが、それでも、ところどころ、多摩川が見えたり、昭島市の市街地が見えたりしました。

本丸が建っていたところ。瀧山城跡でもっとも高い場所。標高約160メートルあり、多摩川の水面からは約70メートルの高さです。

 このまま、また、あの危険な道路を通って帰るのはイヤだったので、瀧山城跡を横断するかたちで、尾根づたいに国道16号線方面に向かいました。尾根道は未舗装であるため、自転車を押して歩くことにしました。歩き始めてすぐ、大きな“窪地(くぼち)”が目の前に現れました。

 窪地には、たくさんの桜が植えられていました。八王子市のウェブを見ると桜の木はおよそ5000本もあるそうです。普通、桜の木は、人の背丈より大きいので、下から見上げることが多いと思いますが、ここの桜は、窪地に植えられているため、窪地の縁(へり)から、桜を見下ろすことができるのが特徴なんだそうです。


ヒキガエルに会う。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます)
瀧山城跡の窪地(元貯水池)。

 ◆わたしの行ったときは、夕方近くになっていたこともあり、人影もほとんどなく、窪地の周囲は、とても神秘的な雰囲気でした。

 ◆この窪地は、瀧山城が健在だったころ、湧き水などを利用した貯水池だったそうです。今は、放置されて長い年月がたっているため、窪地(貯水池)の底の方に湿地が残っているだけです。

 湿地には、たくさんのカエルがいました。窪地の縁(へり)を歩いていると、わたしの前に、体長10センチあまりの大きなカエルが、ぴょこんと飛び出てきました。道の真ん中に出てきたため、誰かに踏まれては可哀想だと思い、グローブで掴んで、道の脇に放してやりました。

瀧山城跡のヒキガエル。

 グローブでカエルを持ったとき、ずっしり重い感触が伝わってきました。豚肉50グラムほどを手で持った感じでした。インターネットで調べてみたら、どうやら「ヒキガエル」の仲間のようです(ヒキガエルは、ガマガエルとも呼ばれるそうです)。なかには毒液を出すカエルもいるので、触れるときは手袋が必須だそうです。

 尾根沿いの道は、途中、階段などがあり、苦労しましたが、なんとか国道16号線に出られました。わたしは、ふただひ拝島橋を渡り、多摩川自転車道経由でJR中央線・立川駅から帰宅しました。

 ◆立川駅から運良く中央特快(私鉄の急行に相当)に乗れたときに録音しました。「帰りは、中央特快に運良く乗ることができました。速い! 途中駅は3つくらいしか停車しません」という趣旨を話しています。ここをクリックすると再生します。(録音時間15秒、容量124KB、MP3形式)

 全線開通した戦車道、よく整備された大栗川自転車道、瀧山城の神秘的な窪地でのヒキガエルとの出会いなど、盛りだくさんの楽しいツーリングでした。

クリックすると拡大します。
窪地とわたし。
ヒキガエルとわたし。
愛嬌のある顔。
枯れ葉の保護色。
桜も咲く。


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