| “ニホチュウ”へ (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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日本の中心に行ってきました。諏訪湖からほど近い辰野町(たつのまち=長野県)の尾根に日本の中心“ニホチュウ”はあります。わたしは諏訪湖から流れ出る天竜川沿いに南下し、JR中央本線・辰野駅の北側から登坂。標高1270メートル余りと高く、日本の隅々まで見渡せるほどの大パノラマを存分に楽しみました。
手持ちの地図を眺めていたとき、諏訪湖と松本盆地を隔てる尾根に「日本中心の碑」の記述を偶然見つけました。幹線道路からは大きくはずれ、クルマの交通量も少なそうでしたので行ってみることにしました。 日本の中心は諏訪湖と松本盆地の間に立ちふさがる尾根にあります。尾根は北部の山間部からJR辰野駅付近まで張り出した12キロメートル余りの長さで、まるで“バナナ”のような形をしています。わたしはまず天竜川沿いに隣町の辰野町へ向けて自転車を進め、辰野駅付近から尾根沿いに北上して再び諏訪湖方面へ下る計画を立てました。【図1参照】 この日は前日まで雨が降っていたこともあり、天竜川は水かさが増していました。この区間は狭い渓谷に地方道14号線、中央本線、中央自動車道が通る交通の要衝。クルマの量が少ない朝早いうちに通ることで危険を極力回避しました。 ちなみに中央本線は、バナナ状の尾根が行き先を阻んでいるため、ついこの間まで一旦、辰野駅まで南下し、そこから尾根の後ろ側に回り込んで北上。塩尻や松本方面に行くという回り道をしていました。しかし、1983年に諏訪湖畔にある岡谷市と尾根の向こう側の塩尻市を結ぶ長さ6キロメートル近い長大な塩嶺(えんれい)トンネルが開通してからは、多くの列車が時間節約のためにトンネルを通るようになったそうです。 ◆このため、諏訪湖から辰野駅に向かう途中の中央本線は、まるでローカルな支線のようにのんびりしていました。駅の手前には「辰野ほたる童謡公園」があり、少し休憩しました。 | クリックすると拡大します。 |
| ほたる童謡公園 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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辰野ほたる童謡公園は、天竜川沿いにつくられたきれいな公園で、夏の夜にはホタルがたくさん飛び回ることで有名です。園内からは“バナナ状”に伸びた尾根がよく見渡せます。ここまでは地方道14号線をかっ飛ばしてきましたが、これからの道のりはそう簡単ではなさそうです。起伏の激しい尾根道を上ったり下りたりしながら何時間もかけて諏訪湖まで戻ることを考えると気が引き締まる思いです。【図2参照】 日本中心の碑を目指して、辰野駅の北側から尾根道を登り始めました。目指すべき標高はおよそ1270メートル。わたしにとってみればとても高いところなのですが、出発点がすでに標高700メートル余りの高原なので、実際に登るのは約570メートル。これならなんとか行けそうです。【図3参照】 |
| 尾根沿いを登る (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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登り始めはスギやヒノキがうっそうと茂り、薄暗い感じでしたが、じきに明るくなりました。さらに登ると辰野町を一望できるところもあり、だんだんと見晴らしもよくなってきました。沢沿いの谷間を登っていくのとは違い、尾根沿いの道は遮るものが少いため、視界が開けやすいです。
尾根道は途中まで舗装路でしたが、すぐに砂利道に変わりました。しばらく進むと左手に石碑が見えました。最初は「これが日本中心の碑かな?」と思いましたが、近寄ってみると、「古里の どの山からも 雪がくる」と彫られており、どうやら別の碑のようです。地元の俳人・江ほむら(本名・吉江今朝人)さんの作品で、93年に建てられたと背面に書いてありました。 このあたりは山の麓でさえ標高700−800メートルの高さがあり、冬になると諏訪湖の一部が凍ってしまうほど寒くなるそうです。この俳句はきっと周囲の山々から冷気が下りてきて、町や村に冬が訪れる情景を表しているのだと思います。
道なりに登っていくと見晴らしのいいところに出ました。今度こそ“日本の中心”です。広場のようになっていて、鉄製の展望台もつくってあります。展望台から少し離れたところに探し求めていた石碑がありました。表面には「日本中心の標」、背面には「伊那市室町 施工 唐木石材店」と記されています。間違いなく、ここが日本の中心“ニホチュウ”です。 | クリックすると拡大します。 |
| 日本中心の碑 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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題字は「中川紀元」さんによるもので、座標は「東経137度59分36秒、北緯36度00分47秒」、標高は「1277メートル」であるとも刻まれています。 恐らく地元美術家の中川紀元(なかがわきげん、1892−1972年)さんのことであろうと思われますが、中川さんが亡くなった年のことを考えると今から35年以上前に建てられた可能性があります。一見すると、まだ真新しい印象を受けます。近年になってつくり直されたのかも知れません。 また、座標ですが、残念ながら日本の中心であるという根拠は示してありませんでした。きっと何かの理由があると思うのですが、はっきりとは分かりません。わたしなりに考えてみたところ、数キロメール北側に中央分水嶺があることや、江戸時代の街道で本州の中央部分を通る旧中山道が通っていたことなどが根拠になっているように思います。 中央分水嶺は、降った雨が太平洋側と日本海側のどちらに流れ出るかの“境目”のことで、まさに本州の背骨に相当します。さらに長野県が(少々無理がありますが、離島などを除けば)日本の真ん中に位置しており、中山道も通っていたことから、ほどよい高さで見晴らしの良い尾根に「日本中心の碑」を建てても、あながち外れていないように解釈できそうです。 と、いうことで、わたしは無事“日本の中心”に立つことができました。(とくに愛はさけびませんでしたが。笑) 日本中心の碑がある広場には展望台がありますが、近年、誰も手入れしていないようで、全体的に錆びが浮いていました。階段を途中まで上ってみましたが、抜け落ちそうなくらい朽ちていたので、いちばん上まで登るのはあきらめました。それでも遠くに北アルプスの山々がよく見え、すばらしい眺めを満喫できました。山が高いせいか、青い空に浮かぶ飛行機雲の跡でさえ低く感じられるほどです。 |
| 諏訪湖を望む (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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わたしは諏訪湖を目指して尾根沿いに自転車を進めました。日本中心を過ぎると基本的に緩やかな下り坂になります。いくつかの分かれ道がありますが、むやみに下り坂の方へ進むと諏訪湖とは反対側に下りてしまう道に迷い込む可能性もありますので注意が必要です。尾根道特有の連続的な起伏も考慮に入れながら、できるだけ登り道を選んで進みました。
しばらく進むと諏訪湖を一望できる展望台のあるところに出ました。この展望台も先ほどと同様、ここ数年ほとんど手入れがなされていないようで、もったいない感じがしました。ただ、ここから望む諏訪湖はほんとうに美しいです。標高は推定1100メートルほど。諏訪湖全体を見渡せるばかりか、諏訪大社・上社本宮がある南側の山脈までよく見えます。北側に目をやると塩尻峠や塩尻の市街地方面も望めました。 午後から雲が湧いてきたため、遠くの山々までは見渡せませんでしたが、雲がない日は諏訪湖のはるか向こうにある有名な避暑地・蓼科(たてしな)の山々も見えることと思います。 湖のある美しい自然を堪能したあと、坂道をさらに下りていくと今度は旧中山道の小野峠近くに出ました。江戸時代の初め、徳川家康が整備した主要五街道のひとつでしたが、難路だったため後に北側の塩尻峠に変更されたそうです。現在の塩尻峠は国道20号線が通る主要道であり、江戸初期につくられたインフラが約400年の時をへた今も活用されているなんて感慨深いものがあります。 小野峠からは再び舗装路に変わり、塩尻峠の手前の勝弦(かつげん)峠で諏訪湖方面に下りました。途中の標高1000メートル付近には岡谷(おかや)市立の「鳥居平やまびこ公園」があり、ここからも美しい諏訪湖がよく見えました。 きょうは、ニホチュウの尾根からすばらしい大自然の景色を楽しめて大満足です。山や湖のある風景は人の心を和ませてくれます。 (本レポートは2006年夏のツーリング記録を編集したものです) | クリックすると拡大します。 |