| 岡谷駅を出発 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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諏訪湖を一望できる高ボッチ(標高1664メートル)に自転車で登りました。長野県・諏訪湖の北側にあって、360度の絶景を堪能できます。登頂できたのが昼過ぎで、雲が出ていましたが、松本盆地や北アルプス、八ヶ岳連峰も見えました。標高が高いため手を伸ばせば雲に届きそうです。諏訪湖畔のJR中央線・岡谷駅から峠道や急登が続く山道を苦労して登ってきただけに、頂上に着いて視界が開けたときは感動しました。
岡谷駅から高ボッチへ登るに当たって、最初の難関は塩尻峠(しおじりとうげ)でした。交通の要衝で、大型トラックやダンプがひっきりなしに通る国道20号線が峠越えをする難所です。標高約760メートルの岡谷駅から同約1000メートルの塩尻峠までの標高差は約240メートル。下り坂ならともかく、危険な20号を登っていくのはわたしの体力と度胸では到底無理です。 そこで考案したのが、塩尻峠の尾根並びの勝弦峠(かっつるとうげ)まで地方道の静かな道を登坂。尾根道沿いに塩尻峠まで移動し、国道20号線を“横断”するルートです。塩尻峠を越えれば高ボッチ山頂に通じる道に接続します。勝弦峠までは、途中に岡谷市営の「鳥居平やまびこ公園」があり、休憩もとれます。わたしは朝6時に岡谷駅を出発し、まずは勝弦峠に向けて自転車を進めました。 やまびこ公園でとりあえず一服。持参してきた朝ご飯を軽くいただきました。公園は自転車の持ち込みができないため、駐車場に駐輪して、荷物だけ持って入りました。自販機もあってジュースも飲めます。ぐーぐー言っていたお腹も落ち着きましたので、一気に勝弦峠へ登りました。 | クリックすると拡大します。 |
| クマとの戦い (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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勝弦峠から塩尻峠まで続く尾根道は未舗装で、かなり走りにくいです。さらに道沿いには“クマ出没”の警告が出ており、この付近にクマが出ることをうかがわせています。クマは朝夕に活動的になりますので、朝まだ早い今はまさに動き回っている時間帯のはず。わたしは持参してきたクマ除けの大型の鈴をリンリン、チリチリと鳴らしながら自転車を進めました。
塩尻市と岡谷市を結ぶ要所だけあって、変電設備や通信アンテナやら道の脇にいろいろ設置してあります。尾根道は一旦登ってから激しい坂を下りるのですが、その最も高いところに「旧岡谷防空監視哨」の碑(いしぶみ)もありました。大戦中、ここに敵機来襲を見張る木造の哨舎があり、地元の学生らが動員されていたそうです。 哨舎には6年余りにわたって延べ100人余りの青年らが、炎熱の夏の日も零下20度の酷寒の冬も、昼夜たがわず勤務。こうした経験を積んだ青年たちは“哨友”として固い交友を結ぶに至り、敗戦後28年を経た1973年、思い出の地に碑を建てたと、記されていました。こんな山のなかから、恐らくレーダーなどの設備もなく、高々度を飛行する爆撃機を肉眼を頼りに監視していたなんて、何か途方もない印象を受けました。 塩尻峠まで下り、国道20号を横切ると旧中山道に出ます。江戸時代は賑わったであろう旧道も、今はクルマの通りもほとんどない静かな道です。 中山道を通り過ぎると、いよいよ高ボッチ山頂に通じる激しい登り坂が現れます。塩尻峠から山頂までの標高差はおよそ660メートルほど。勝弦峠からの尾根道で体力を消耗してしまったわたしにとって、この急登は堪えました。とくに、後半部分は傾斜がきつくなり、ほとんど自転車を押して歩く状態。朝のうちはそれなりに晴れていたのですが、お昼が近づくと雲が増えてきて夕立の気配もあります。気持ちは焦るばかりです。 |
| 高ボッチの頂上 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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岡谷駅を出発して7時間余りが経過した昼過ぎ、高ボッチの山頂に着きました。もうへとへと。周囲はなだらかな高原になっていて、牧場や草競馬場、展望台などが整備されています。ここまで沢沿いの道を上ってきたため、ほとんど視界がありませんでした。でも、高ボッチ高原からの展望はうって変わってすばらしい。予想を遥かに上回る眺望の良さに、午前中の疲れが一気に吹き飛んだ気持ちなりました。
まず眼下に広がったのが松本盆地。市街地がよく見えます。その向こうにはまるで壁のように北アルプス連峰が立ちふさがっています。昼過ぎで雲がかかっていたこともあり、残念ながら山頂付近は見えませんでしたが、北アルプスの壮大さは十分に体感できました。北の方に目をやると、真正面に高ボッチよりさらに高い鉢伏山(はちぶせやま、1928メートル)が見えます。 展望台からさらに山頂に向けて徒歩で登ると、今度は諏訪湖方面が一望できました。上昇気流を利用した無動力のラジコン・グライダーが静かに空を舞っています。手を伸ばせば雲にさわれるほどで、いかに自分が高いところまで登ってきたのかを実感できました。諏訪湖の手前には岡谷市街地、右側には辰野(たつの)市方面、左側には観光地で有名な霧ヶ峰(きりがみね)高原の山々が見えます。奥には八ヶ岳連峰のすそ野が見え、茅野(ちの)市方面まで見通せます。 |
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| 山頂で往路を振り返る (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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わたしの他にも、自転車やマイカーで登ってこられた方がいました。わたしが登ってきた岡谷方面からの道は静かなものでしたので、恐らく多くの人は松本方面からの道を使って登ってきたのだと思います。ここまでの激しい坂道を振り返った感想を山頂で録音しました。この日は風が強くて、ビュービューとマイクに吹き付ける音も入っています。
雲行きが怪しくなってきたので、未練を残しつつも高ボッチ山頂をあとにしました。帰りは信じられないほど速い。下り坂は自転車の強みを存分に発揮できます。見る見る間に旧中山道のある麓近くまで降りてきました。何時間も費やして登った往路とは違い、わずか1時間ほどで下りきってしまいました。 |
| 追う女はダメなの? (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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旧中山道を通って塩尻峠に向かう途中、小さなお地蔵様が2体並んでいるのに気づきました。案内板を見ると、この道は「夜通道(よとうみち)」と呼ばれいるそうです。“夜に通う道”という意味でしょうか。伝説によれば、その昔、きれいな娘が、岡谷にいる惚れた男に会いにいくため、毎夜ここを通ったそうです。
「若い女が、惚れた男のところに通う」系の伝説は、新潟・佐渡島に行ったときも聞いたことがあります。佐渡では海の向こうの柏崎の男に恋をした美しい娘・お弁(お光とも)が、佐渡名物のタライ船(大きなタライの形をした小舟)で毎夜通うというあらすじ。妻子持ちだった柏崎の男は、お弁が怖くなり、ある夜、お弁が目印にしてくる灯台をに明かりを消して遭難させてしまうという怖いお話しです。 だいたい悲惨な結末になることが多いようで、この夜通道もそれっぽい気がしてなりません。そうでなければ女風の小さなお地蔵さんと、がっちりした男風のお地蔵さんが並んで供養されているハズはない。お地蔵さんの前にはきれいなお花や地元で採れたトマト、キュウリが並んでいて、今でも大切にされている様子がうかがえます。きっと地元の人の心を掴んで放さない悲話があるのだと(勝手に)思いました。
通い系は、そもそも、女の戦術としては不利になることが多く、その失敗の戒めのためにこうした伝説が残っているのかも知れません。なるほど、今でも「追う女」の先には、「逃げ腰の男」がいたりして、現代にも通じる逸話である可能性もある。追う女はともかく、わたしは「逃げる男は嫌いだ!」と、考えるうちに塩尻峠に到着。国道20号線の下り坂をトラックとともに疾走して岡谷駅に戻りました。 かなり険しい道のりでしたが、360度の絶景を満喫できる高ボッチに登れて、ほんとうによかったです。山頂から見えた美しい諏訪湖の情景は一生の宝物です。 | クリックすると拡大します。 |