| 暑い夏の思い出。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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2004年の夏は、とても暑い夏でした。わたしは、夏の大型ツーリング計画として関東平野北部に位置する茨城県筑波山周辺を走ることにしました。広い関東平野のなかでも、筑波山周辺はサイクリングなど自転車を使ったスポーツがとても活発な地域だからです。 東京都心からの交通も便利で、地下鉄千代田線と相互乗り入れしているJR常磐線に乗れば2時間ほどで筑波山に近い土浦駅に到着します。少し厳しいかも知れませんが「通勤圏内」とギリギリ言える距離だと思います。 今回のツーリング期間は5日間。土浦駅を起点としているサイクリングロードの「つくばりんりんロード」を約30キロメートル走ったところにある茨城県真壁町(まかべちょう=2005年10月1日付けで合併し桜川市となる)を拠点に活動することにしました。 第1日目だけは、真壁町のお宿が満室でとれなかったため、筑波山の反対側に位置する八郷町(やさとまち)にお宿をとり、第2日−第5日目までの4日間は真壁町に泊まりました。 |
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| 5日間の走行コース。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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ここで、5日間の走行コースの概要を説明します。第1日目は、JR土浦駅から「つくばりんりんロード」を経て八郷町のお宿まで約45キロメートルを走りました。あいにく、この日は夏季特有の激しい夕立に見舞われました。第2日目は、標高877メートルの筑波山へ登頂。走行距離は約35キロメートルでした。
第3日目は、筑波山の並びにある標高709メートルの加波山(かばさん)へ登頂し、走行距離約40キロメートルを走りました。筑波山、加波山は、この地域を代表する2大名山で、登頂できたことは、とてもうれしいことでした。 第4日目は真壁町から自動車競走場の「ツインリングもてぎ」までの往復約80キロメートルを走りました。最終日は、真壁町の隣町の下妻市を流れる小貝川(こかいがわ)サイクリングロードから利根川サイクリングロードへ合流し、JR取手駅までの約80キロメートルを走りました。全走行コースの概略は、右上の地図にまとめました。 5日間のうち、1回だけ夕立に見舞われたものの、他は晴れに恵まれ、5日間の走行距離は約280キロメートルに達しました。1日平均で約56キロメートル走ったことになり、これに筑波山や加波山などの標高差が加わるものの、決して無理をすることのない、バランスのよい快適な運動量だったと思います。 |
| 第1日目は激しい夕立に。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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暑い夏の日、わたしは地下鉄千代田線からJR常磐線に乗り入れ、朝9時に土浦駅に到着しました。朝ごはんをまだ食べていなかったため、駅ビルに入っているハンバーガー店で朝食をいただきました。ハンバーガーやポテトなどを頬ばりながら窓の外を見ると、青空にもくもくと白い入道雲が見えました。
JR土浦駅から200メートルほどのところに鉄道の廃線跡を利用したサイクリングロード「つくばりんりんロード」(岩瀬土浦自転車道)の起点があります。りんりんロードは約40キロメートル離れたJR水戸線岩瀬駅まで続いています。筑波山周辺が自転車での走行に適している大きな要因のひとつとして、筑波山周辺を南北に貫くりんりんロードの存在が挙げられます。 りんりんロードを軸に安全に速く南北を移動でき、筑波山や加波山などのランドマークへの接近も容易におこなえます。りんりんロードを人間の背骨にたとえるならば、筑波山や加波山は頭や手足などにたとえられるかも知れません。屋台骨がしっかりしているため、安全なサイクリングの計画が立てやすい恵まれた環境にあると思います。 わたしは、2003年3月、初めてりんりんロードを走りました。前回はJR水戸線岩瀬駅から土浦駅方面へと走りました。りんりんロードを走るのは今回が2回目ですが、土浦駅側から走るのは初めてです。りんりんロードを走り始めると、蓮根(れんこん)畑が広がっていました。白くて大きい蓮の花もところどころに咲いていました。 |
| 出鼻をくじかれる。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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順調に走り始めた直後、トラブルが発生しました。購入したばかりのサイクルコンピュータ(速度計や距離計などが一体になったもの)が故障しているのに気が付きました。りんりんロードの休憩施設で、電池の交換をしたり、タイヤの回転数を検出するセンサーの接触具合を調整したりと30分ほど粘りましたが、どうやら初期不良のようで、機能は回復しませんでした。 サイクルコンピュータが故障しても、自転車で走るという基本動作に支障はないため、再びペダルを回し始めました。蓮根畑を抜けると小田城跡が現れ、その向こうには筑波山が大きく見え始めます。 すると、雲行きがだんだん怪しくなってきました。見る見るまに真っ黒な雲が上空低く立ち込め、冷たい風があたりに吹きつけ始めました。ゴロゴロと雷が鳴る音も聞こえてきます。夕立です。 雨は、すぐに降り始めました。土砂降りになる前に、わたしは、道路脇のコンビニで雨宿りさせてもらいうことにしました。コンビニの軒下で夕立が通り過ぎるのを待っていると、雨はますますひどくなりました。稲妻が光り、その直後に、「ゴロゴロ、ビッシャーン!」と、耳をつんざく大きな音が響き渡ります。 コンビニの店員さんが、「危ないので、店のなかに入ってください」と声をかけてくださりました。お礼をいい、店のなかに入れてもらいました。そのあと、大きな雷が2−3度落ちる音がしたあと、電気が止まりました。コンビニの電気、冷房、冷蔵庫、コンビニの前の道路の信号や街灯など、すべての電気が止まりました。ただ、コンビニのレジだけは、非常用電源が働いたので、商品の販売は続けることができました。 |
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| 暗闇の峠道を走る。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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夕立は、なかなか通り過ぎず、けっきょく、わたしはコンビニに3時間あまり、避難させてもらいました。時刻は、もう夕方の4時をまわりました。本日の目的地である八郷町までは、まだ10キロメートルあまりあり、その途中で標高300メートルほどの上曽峠も越えなければなりません。日が暮れてからの峠越えは危険なため、わたしは、しぶしぶコンビニをあとにしました。コンビニの店員さんが「気をつけてね」と気遣ってくださいました。
峠に差し掛かる道で、再び閃光や雷鳴が響き始め、雨が激しく降ってきました。仕方がないので、廃棄された古い工場の軒下で、さらに2時間、時間を潰しました。雷に打たれては、元も子もないため、できるだけ雷雲が遠ざかってから、峠を越すためです。わたしは雷の音にすっかり震え上がってしまい、写真を撮る余裕すらありませんでした。 あたりはすっかり暗くなった頃に、小雨になってきました。携帯電話から宿泊先の民宿に「夕立で遅くなる」ことを伝えたとき、お宿の方は「こちらは、ほとんど雨が降っていない」と話していました。わずか10キロメートル先と、こちらとでは、ぜんぜん様子が違うようで、夕立の局地性を改めて感じました。真っ暗な峠道を、ヘッドライトをたよりにゆっくりと走りました。 この日のために、自転車をピカピカに磨いて、きれいにしてきたというのに、わずか半日足らずで、泥だらけになってしまいました。二輪車の世界には、「最初に土がつけば、あとから転倒などで土がつきにくい」という伝説があるそうです。オートバイのレーサーは、新品のレースウェアを初めて使うとき、わざとサーキット場の地面に服をつけ、土で汚すそうです。 わたしも「ものは考え方次第で、よくも、悪くもなる」と思いながら夜の道でペダルを回しました。上曽峠を越したあたりから、夜空に星が見えるようになりました。お宿の方が言ったとおりで、道路もほとんど濡れていません。無事にお宿に着いたあと、遅い夕食とお風呂をいただき、あしたのために、ぐっすりと寝ました。 ◆あしたは、いよいよ筑波山に自転車で登ります。この段落をクリックすると第2日目「実はあった! 自転車で筑波山に登る道」のツーリングレポートにリンクします。 |