| 筑波3日目も快晴! (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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2004年、夏の思い出特集−第2弾−“筑波特集”の第3日目は、筑波山に次ぐ高さの加波山(かばさん、標高709メートル)へ登りました。快晴に恵まれ、美しい青空が大空全体に広がっています。
加波山へは、東西南北の4方向から登ることができますが、今回、わたしは北側から登ることにしました。朝8時半にお宿のある茨城県真壁町(まかべちょう=2005年10月1日付けで合併し桜川市となる)を出発。サイクリングロードの「つくばりんりんロード」を通って、まずはJR水戸線・岩瀬駅を目指しました。 夏の筑波は、すでに日差しが強く、りんりんロードは焼けるように熱くなっていました。岩瀬駅方面を向いて右側には大きな加波山がよく見えました。りんりんロードのある平野部から忽然とそびえ立つ加波山は、とても雄大です。今からあの大きな山に登るのかと思うと身が引き締まる思いです。 真壁町から岩瀬駅までの約10キロメートルの道のりはりんりんロードを走り、そこから隣駅の羽黒駅を経て、加波山の北側の登山口が付近にある猿田小学校までの約7キロメートルを走りました。 真壁町から加波山登山口のある猿田小学校までの約17キロメートルは、ほぼ平坦で楽な道が続いたものの、暑さのために、持参してきた2リットルの水のうち約半分を消費してしまいました。気温は30度近くに達しています。途中、休憩しながら走ったこともあり、猿田小学校に着いたときは午前11時近くになってしまいました。 |
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| まっすぐな登り坂。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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猿田小学校から加波山に向かって、ほぼまっすぐな登り坂が続きます。通常、こうした登山道は、少しでも傾斜を緩くするため、ぐにゃぐにゃと蛇行しながら山頂へと続きます。しかし、この道は、山の斜面を直線的に伸びているため、傾斜の角度がとても大きくなっています。
地図で見ると、登山口の猿田小学校は標高約70メートルで、ここから標高約320メートルのところまでまっすぐな道が伸びています。猿田小学校から標高約320メートル地点までの距離は約2.2キロメートルあます。この短い距離で標高差約250メートルを直線的に登るのは辛いものがありました。山頂へと続く道を下から見上げると、まるで1枚の壁が目の前に立ちはだかっているようでした。 坂を上り始めると、全身から汗が噴き出てきました。水を補給しないと熱射病になってしまいます。この坂道で、わたしはさらに1リットルの水を飲みました。途中までは舗装してありましたが、後半、登り坂がさらに厳しくなるあたりから未舗装の砂利道になりました。砂利道では、タイヤが滑ってうまく動力が伝わりません。わたしは、仕方なく自転車を押して歩くことにしました。道幅はだんだん狭くなってきました。
しばらく登っていくと、ひょっこり舗装路に出ました。加波山の東側から登ってくる道のひとつのようです。こちらの道の方が、より完全に舗装されていて、クルマでも登ってこられます。たまたまクルマで通りかかった方が「自転車で登ってきたの?」と、声をかけてくださいました。この付近の地理に詳しい方のようでしたので、わたしは、とっさに「どこかで水を補給できる場所はありませんか?」と聞きました。手持ちの水は底をついていました。 すると、「ここから少し下ったところに湧き水がある」と教えてくださいました。運に恵まれています。もし、ここで水を補給できなければ、山頂まで登ることを断念しなければならない可能性もありました。山の恵みとはこのこととばかりに、わたしは、教えていただいた湧き水のある場所まで急ぎました。 湧き水は大きな岩の間から吹き出ていました。山で作業をされる方が使うためなのか、樋(とい)が備え付けられていて、水が汲みやすいようになっていました。水筒にわたしと専属カメラマンの2人分の水、計4リットル(ひとり2リットル)の水を補給しました。ここに給水場があって、ほんとうに助かりました。 |
| 加波山山頂を目指す。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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現在の標高は約320メートル。時間は午後1時。わたしは標高709メートルの加波山山頂を目指しました。ここから先の道は、午前中のような直線的な登り坂ではなく、曲がりくねったつづら折りになっているため、勾配は全体的にそれほどきつくありませんでした。ところどころ激しい坂道はありましたが、順調に前へ進むことができました。
加波山山頂の少し手前の標高約620メートルのところに加波山神社の社務所があります。そこまでは自転車で登れますが、その先は本格的な登山道となるため、歩いて登らなければなりません。 標高が高くなるにつれて、だんだん道が細くなってきました。社務所までの約1キロメートルの区間は、小さいクルマがぎりぎり1台通れるほどの細い道です。道の片方は谷へ向かって深い崖が続いており、もう片方は山の急な斜面が空の方に伸びています。崖に落ちないよう、慎重に自転車を進めていくと、やがて加波山神社の社務所の建物と鳥居がある場所に出ました。 神社は、古くて太い幹の木々に囲まれていて、石段は緑色の苔に覆われていました。石段は長年の風雨にされされて崩れかかったところもありましたが、ゴミひとつ落ちておらず、手入れが行き届いていました。社務所の宮司さんが、代々守ってきた境内は、多くの神々が宿るとても神秘的な空間を創りだしていました。
神社の至るところに、いつの時代につくられたのか分からないほどの古びた石像や、風化して文字が読み取れなくなった石碑がたくさん置いてありました。そのなかに、つい最近、建てられたような真新しい石碑がひとつありました。 碑文には「大東亜戦必勝祈願 昭和十九年八月八日 東京都京橋區月島」と書かれてありました。1944年といえば、太平洋戦争の敗戦が色濃くなってきたときで、主要な艦船や航空機が壊滅していた時期です。こうした事実を知ってか知らずか、文字通り祈るような気持ちで、この石碑を建てたのだと思われます。 |
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| 徒歩で山頂へ。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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自転車で登ってこられるのは、社務所のあるところまでです。わたしが着いたときは、宮司さんがひとりで作業をしていらっしゃいました。山頂まで登ろうとしている様子を見て、宮司さんは「登り坂が急だから、杖を持って行きなさい」と、参拝客が使う杖を貸してくれました。お礼を言ってわたしは山頂へ続く参道を登り始めました。
参道の登り坂はとても急でした。道の両脇には大小さまざまな石像や石碑が並んでいて、加波山が古くから多くの人々の信仰の対象になっていたことがよく分かりました。 お地蔵さんや石碑と並んで、男性の局部の石像がありました。柴犬が立ったような大きさでした。何の信仰なのかは分かりませんでしたが、その周囲には細かな石ころがたくさん積み上げてありました。昔、台湾の中部にある霊山で、同じような形をした木彫りの置物を見たことがあります。ひょっとすると、こうした局部崇拝は、アジア各地に見られる現象なのかも知れません。 しばらく登ると、加波山の山頂に着きました。山頂はとても狭く、そこに小さな祠(ほこら)が建ててありました。この付近の山々のなかでは、筑波山に次ぐ高さを誇る加波山山頂からの眺めは、とても素晴らしいものでした。周囲の山々が低く見え、その下には豊かな田園が広がる平野がよく見えました。 |
| 真壁町方面へ下る。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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加波山山頂を後にしたわたしは、真壁町のお宿に帰ることにしました。最初、わたしは加波山の尾根道を、筑波山方面へ約4キロメートルほど進んだ一本杉峠まで行き、そこから真壁町のある西側へ下る道を進もうと考えていました。地図で見る限り、この道がいちばん近い道だからです。
山頂から下りてきて、借りた杖を社務所に返しに立ち寄ったとき、宮司さんに「どこへ帰るの?」と聞かれました。わたしは「一本杉峠を経由して真壁に帰る」と答えると、宮司さんが「そりゃ、大回りだよ。もっと近い道がある」と、わたしが考えていた道よりさらに近い道を教えてくれました。この近道は地図には載っていません。 宮司さんに教えてもらった通り、登山道を数百メートル下り、加波山の西側の林道に下りました。そこからは、ほぼ一貫した下り坂が続き、りんりんロードにつながっていました。この近道を通ったことで、1時間以上、時間を節約することができました。杖を貸していただいたうえに、近道まで教えていただき、ほんとうに有り難いと思いました。 |
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| りんりんロードへ合流。 (◆の段落や写真を押すと音声や拡大写真が見られます) |
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この林道は、山頂付近で行き止まりとなり、クルマでの通り抜けができません。このためクルマの通行はほとんどなく、のんびり、ゆっくり走ることができました。近道で時間を節約できたことで精神的なゆとりも生まれました。林道を下っていくと、眼下に大和村の美しい田園風景が広がりました。(大和村は2005年10月1日付けで真壁町などと合併して桜川市になります)
林道を下っていく途中に振り返ると大きな加波山の姿が見えました。あの大きな山から下ってきたことを思うと、わたしは加波山と同じくらいのとても大きな達成感を感じることができました。 下り始めて1時間ほどで平野部に着きました。サイクリングロードのりんりんロードに合流したとき、再び、山の方を望むと、加波山だけでなく、遠くの筑波山までよく見えました。時刻は、もう夕暮れ時です。さっきまで青色だった空は、もう藍色に変わっています。山々は黒い影となって、暗くなりかけた空に、くっきりと浮かび上がっていました。 ◆あしたは、自動車競走場の「ツインリンクもてぎ」に行きます。この段落をクリックすると第4日目「『ツインリンクもてぎ』で高速的な走行」のツーリングレポートにリンクします。 |